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新型コロナウイルス感染症と糖尿病

2020年 7月21日 08:49

新型コロナウイルス感染症 COVID-19

昨年12月に中国湖北省武漢市で「原因不明のウイルス性肺炎」として確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が、今年に入り猛威を奮い、世界中に感染者が増加しています。5月5日の時点で、COVID-19による死者は世界全体で25万人を超え(ジョンスホプキンス大学調べ)、日本国内での感染者は1万5千人、死亡者は556人に上ります。ちょうど今から百年前にはスペイン風邪(1918年‐1920年)といわれるインフルエンザが大流行し、世界中に極めて多くの死者を出しました。今回のCOVID-19はインフルエンザとは異なるコロナウイルスによるものですが、人々の日常生活や世界経済に大きな爪痕を残しています。

高齢者や基礎疾患のある方はCOVID-19重症化の傾向

糖尿病や心血管病、呼吸器疾患(COPD)のある方、透析を受けている方、免疫抑制剤を服用中の方はCOVID-19が重症化しやすいことがわかってきました。糖尿病患者さんは細菌や真菌(カビ)による感染症が重症化しやすいことが知られていますが、それは血糖値が高いと体を守る免疫力が低下するためです。糖尿病で血糖が悪い人に水虫や肺結核、壊疽で足を切断する方が多いのも同じ理由からです。今回の感染症COVID-19はウイルスが原因ですが、糖尿病の方はウイルス感染症に対しても注意が必要です。

糖尿病患者はコロナウイルス感染症に注意!

COVID-19に関する医学的な情報は明らかになりつつありますが、まだ調査中のことも多いので、2003年に中国で発生したコロナウイルス感染症「SARS サーズ(重症急性呼吸器症候群)」での糖尿病患者さんに関する論文をご紹介したいと思います。
日本ではSARSはあまり馴染みがありませんが中国、シンガポール、台湾では大流行し、社会問題となりました。SARSを引き起こしたコロナウイルスは今回のCOVID-19の原因であるSARS-CoV-2ウイルスと同じコロナウイルスに属し、致死率の高い重篤な肺炎を引き起こしました。
中国北京市の病院でSARSが原因で亡くなった135人と生存者385人を対象に、血糖値とSARSの予後との関連を調べた報告によれば、SARSで亡くなった方は、発熱から亡くなるまでの期間が約16日と非常に早い経過でした。
亡くなった方は生存者と比べて高齢で(死亡者の平均年齢56歳、生存者の平均35歳)、心血管病や糖尿病の基礎疾患のある方が多いという特徴がありました。特に糖尿病を基礎疾患に有する方の割合は、生存者では3.9%だったのに対し、死亡者では21.5%と死亡者には糖尿病の方が多くみられました。
また入院時の血糖値(空腹時血糖値)は死亡者の方が生存者よりも高値でした(生存者 113mg/dL vs 死亡者 175mg/dL)。入院期間中の血糖も、SARSに対する治療法に関係なく生存者の方が亡くなった方よりも低値が続きました。


呼吸器疾患が重症の場合には血液中の酸素が不足する低酸素血症になります。SARSで低酸素血症になった人は、ならなかった人に比べて入院時の血糖が高く、入院時の血糖が高いほど、低酸素血症や亡くなった方が多いという結果でした。

この論文は基礎疾患に糖尿病があることとSARS発症時の高血糖は、SARSによる死亡の予知マーカーであると結論付けています。同じコロナウイルスによる感染症であるCOVID-19においても、糖尿病患者さんは十分に気をつけないといけないことを示す貴重なデータと言えます。

日頃から気をつけておくこと

新型コロナウイルスに対する治療薬は(5月5日現在)未承認であり、ワクチンの開発にもしばらく時間がかかりそうです。一番の対策は感染を予防することですが、現在もマスクの入手は困難であり、アルコールなどの消毒液も店頭で販売されない状況が続いていますので不安に感じている方は多いでしょう。そのような状況下でも有効な予防法はあります。
インフルエンザなどの他の感染症と同様、糖尿病がある方は手洗いやうがいをよく行いましょう。ハンドソープで10秒から30秒間、揉み洗い後に流水で15秒すすぐと手洗いしない場合に比べて、ウイルスの残存量を約0.01%に減らせることができますし、流水で15秒手洗いするだけでも約1%に減らせることが報告されています[2]。特に帰宅後や調理前、食事前にはよく手を洗いましょう。

またうがいは、咽頭粘膜の乾燥を防ぎ、咽頭粘膜に付着した病原微生物を殺菌力の強い胃の方へ送り込む絨毛(じゅうもう)運動を起こしやすくするので有益と考えられています。一般にうがいにはポピヨンヨード(イソジン)を使用しますが、水道水でも上気道感染症の予防効果に変わりはなかったともいわれています[3]ので、水道水でのうがいで十分です。ポピヨンヨードでのうがいは、過剰なヨードの摂取により甲状腺機能低下症を招きますので甲状腺疾患のある方は注意が必要です。またポピヨンヨード自体が持つ強い抗細菌作用により咽頭の正常細菌叢までも破壊してしまう恐れがあります。

備えあれば憂いなし

糖尿病に限らず、通院治療中の方は治療薬を約2週間分ほど余分に持っておくようにしましょう。患者さんの中には、次回来院日までのちょうどの日数分しか治療薬を持たない方がおられますが、ひとたび院内でクラスター(集団)が発生すれば、外来が閉鎖されるようなこともないとは言えません。
今回のウイルス感染症に限らず、ただでさえ日本は台風や地震などの自然災害が多い国です。治療薬だけでなく、インスリン注射に必要な注射針なども余分に持っておく方がよいでしょう。
また日頃から血糖を良く管理しておくことが大事です。糖尿病は自覚症状に乏しい病気なので、つい気が緩みがちですが、血糖を正常に近い良い状態に保っておくことで、いざ感染症にかかっても重症化せずに済む可能性があります。食事や運動を頑張っているのにどうしても血糖が下がらないという方は、ぜひ一度私たち糖尿病内科にご相談ください。あなたに合った一番良い治療法を一緒に考えていきましょう。

中村宇大(なかむら うだい)糖尿病センター長、糖尿病内科主任部長
専門分野/糖尿病・代謝異常症
資格/日本内科学会総合内科専門医、日本糖尿病学会専門医・指導医・学術評議員

参考文献:[1] J.K. Yang et al. Plasma glucose levels and diabetes are independent predictors for mortality and morbidity in patients with SARS, Diabet Med 23(6) (2006) 623-8.
[2]森功次他:Norovirusの代替指標としてFeline Calicivirusを用いた手洗いによるウイルス除去効果の検討、感染症学雑誌、80:496-500,2006                                                     
[3]林純他:今冬のインフルエンザ 最新のマスクとうがいの効用、臨床と研究、83:1807-1812,2006

 

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